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 お迎えの心

この写真の地は、土讃線の箸蔵駅に程近いところ。
徳島県の山中の、周囲を山々に囲まれて険しいところと、
その中に僅かにできた平地ともいうべき場所の境目にある。
土讃線は香川県の平野から山を縫うように南下して、
この箸蔵で急に向きを変えて吉野川を渡り、
また向きを変えて、土佐に抜ける急峻な山々を貫いていく。
土讃線が開通した明治から大正という時代。
当然現代よりも土木技術はまだまだ拙いはずで、
このようなレイアウトを描いてもなお高知に通じようという、
先人の熱意がこの区間には特にうかがえる。

そんな箸蔵には有名な桜並木がある。
線路脇に植えられた、それはそれは見事な並木で、
撮ってよし眺めてよし。
列車と絡む桜ということで全国的に知られている。

そんな桜だが、この場所で列車と絡めて撮るべく準備していると、
地元のご老人に声をかけられた。
地元の立派な桜並木ということで自慢げであったが、
この桜には格別の想いがあるという。
話を伺えばなんと、この桜を実際に植えた方だということだ。

土讃線がこの地に通ったのは昭和4年のこと。
わが村に鉄道が通るというので地元は沸き、
記念としてこの桜並木を植樹しようということになった。
この御仁も当時はまだ小さい子供だったが、
大人に混じって植樹を手伝ったということである。

それから80余年。
桜は春になれば今も立派にその咲きぶりを誇り、
乗客や観光客、そして御仁ら地元住民の目を楽しませている。
人の熱意で鉄道が通って、それを祝って人が桜で迎える。
今も昔も、鉄道は人あってこそ。
貴重なエピソードをうかがって、より強くそう思うようになった。


土讃線 坪尻−箸蔵間にて  2012年4月



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